2012年03月21日

ビリージョエルとのだめ。


ベートーベンソナタ「悲愴」第2楽章は、最近ではのだめカンタービレでよく弾かれていた曲だけど、私にとっては、なんてったってビリー・ジョエルの「This Night」の原曲!というイメージです。
ちょうど、大学受験でピアノを弾かなくなる直前に練習していた曲だったのだけど、ビリーの曲が出て来てから、思い出したように、この曲だけ時々弾いていた時期もありました。
実家が、ボロアパートからマンションに引っ越せた時に、ピアノを運んで来たことでピアノの存在に改めて気づいて弾いてみた曲も、これでした。
終盤のAメロ(?)で中間部に三連符が出てくるのだけど、近所で大工さんが仕事をしてる時にこの曲を弾いていたら、大工さんが三連符のリズムに合わせてトンカチを叩いてきたので、吹き出したことがあった、そのことを今でも弾いてると思い出す、という曲でもあります。



反省点(どれもいつものことだが)

また弾き急いでテンポが速くなってしまってるところがある。
意味不明に強く弾いてしまってる音がチラホラ。逆に、弱くスカしちゃったような音も。
ためを作ってるつもりのところも、こうして聞くと淡々と聞こえるのはなぜ!?
指が届かなくて隣の音を引っ掛けてるところ数カ所。
その他もろもろ


間違えないように間違えないようにとがんばる時って、こんなにも集中力が必要なんだって、改めて思う。ハッキリ言って、最近ないものの一つが集中力なので、これも弾いてて時々切れてます。フィッと魂抜けてるような箇所が、そこです。
っていうか、録音しようとするとふだん間違えないようなところでビックリするようなお手つきをしたりするので、これも5、6テイクめでやっと、この程度となりました。。。(。-_-。)

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2012年03月20日

公開処刑。


コトの発端は、同級生と昔の合唱コンクールの話になった時、その伴奏を弾いて、録音して送ってくれと言われたことだった。

それで、前からMIDIのコードとか買えば録音できるんだろうとかバク然と思っていたのを、ちゃんと調べてみました。で、ICレコーダーとか買えば、ほかのことにも使えておトク(?)みたいな結論に達して、たまっていたポイントを使って、入手。
ふーん、けっこうカンタンに録音できるんだってことがわかりました。
なので、昨日テストとかしてみて、かねてよりの懸案事項だった仮想発表会も実現できることになったんだけど。。。

問題は、公開するほどうまく弾けないってことなので、迷い迷いしつつ、やはりこういう刺激(試練?)を自分に与えて、少しでも上達しようという気にさせるという意味では効果的かもしれないと思い、まずは、付け焼き刃で録ってみたヤツをアップしました。あんまり完璧を期すると、何十テイク録ろうが、いつまでもアップできないから。
こうして恥ずかしい思いをして、人はうまくなって行くのだ(予定)。

はっきり言って、明らかに音間違ってます(数カ所)。
間違え(そうになっ)て動揺してるとこ、あります。
抜けてる音あります(数カ所)。
物理的に指が届いてないところがあります。(これは一生ムリだが)

あまりにかわいそうなので、一つ言い訳すると、晒すにあたってテンポくらいは正しく弾こうと、ちゃんと調べてみたら、今までどの曲も(もちろんカンタンな曲限定。難曲はむしろ速く弾けない)ことごとく私は速く弾いていたようなので、今回はいきなり法定速度を遵守して弾いてみたのだが、その速度に慣れないので、必要以上にたどたどしいってことだ。うっかり速くなりかけて、はやる心を抑えて…という攻防が見て取れるところもあります。(それにしても、あんなに眠くなりそうだと思いながらゆっくり弾いたのに、あとで聴くとまだ若干速いようで驚きます。もうちょっと遅いのが正解かと…)
うまい人は、ゆっくりでも聴く人をハラハラさせない。そして、弱音を弱音としてしっかり聴かせられます。私はその域に行ってないので、「p」(小さい音)指定のところも、強めに弾いてごまかしてます。

のちに、もっとよいテイク(??)が録れたら、これは晴れて削除します。削除されることを目指して、上達すべくがんばる。なかなか良い方法ではないか!?
「間違えないで弾く」という単純かつ一番大事なことでさえ、ふだんはおざなりなので、こういう緊張感を与えることは効果的と思われる。あと、タッチの強さ(音の粒)をそろえるなんてことも、録音してみないとなかなか気をつけようって思わないことだ。これまでいかにテキトーに弾き散らかして来たかバレバレです。
とにかく乱暴でテキトーなのを、繊細かつ大胆な演奏に変身させていくべくがんばりたいと思います。(予定)

最初に晒されるのは、これ。今夜は、葬送をひかえたような気分なので、ピッタリ。。。
亡き王女のためのパヴァーヌ




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2012年01月08日

あけおめです〜♪

今年もよろしくお願い申し上げます。

去年もろくろく更新しませんでした。その前の年までは、更新してなくてもおけいこはしていたのだけど、去年は特に後半は本当にあまりおけいこできないくらい、もろもろ忙しく、その一つが「古いものを整理する」という超個人的行事だったのだけど、学校時代の古い楽譜などももちろんあって、今年が明けてから、なんと、中学時代の合唱コンクールの曲の伴奏を、ン十年ぶりに弾いてみたのです、昨日。

あのころは、1年経っても手が覚えていて、久しぶりでも弾けた。でも、さすがに今はちゃんと譜を見てやり直さないと弾けないだろうと思いました。なにせ、その前年の1年生の時の曲がけっこう簡単な伴奏だったのだけど、2年生の時のその曲は、当時の私からすると、前年に比べれば格段に難しく感じていたので。
しかし、昨日やってみて、初見(?)でも9割りがた弾けるじゃあ、ありませんか。これはもちろん、手が覚えていたのではなく、ひとえにわたくしの成長の証であります。あのころ難しく感じた譜面も、今は初見で弾けるくらいになっているということにほかならない。いやいや、そもそもたいした譜じゃないんで、あくまで当社比で、ってことですが。

逆に、当時の私、よくこれを人前で弾いていたもんだと、感心しました(今よりさらに小さかった手で)。しかも、そうそう、この曲、大好きだった。
3年生の時に違う曲をやるはずで、伴奏者も違う子になったのに、結局、新しい曲が難しくて合唱自体が仕上がらなくて、ギリギリになってから、去年の曲を再度使うってことになって、最後の年にやっと歌う側になれると思っていた私が、また伴奏になってしまった、という思い出話は以前にここに書きました(http://miha27.seesaa.net/article/15963564.html)。しかも、本番で、私の伴奏史上初めて、1回止まってしまったところがあったということも。
あの、曲を変更するって時、急きょ先生が「○○(←私の名前)、弾けるか?」と言って、やってみたら弾けたんだった。よっぽど手にしみ込んでいたと思われる。
いい曲だった。今、歌なしで弾いても、聞くに堪える。いわゆる伴奏然とした譜の域をちょっと越えてる。
わたくしのビジュアルがもっとアレだったら、この曲をピアノで弾いてたら、男子もイチコロだったんじゃないかと悔やまれるほどだ。。。

それにしても、私たちの学年は、課題曲に恵まれなかった。ほかの学年が、ウットリ憧れるような壮大な曲(「大地讃頌」とかさ)を歌ってるのに、私たちは1年目も2年目もハズレだった(3年目から課題曲は廃止になった)。当然、伴奏も楽しくないショボい譜だった。そんな中、2年の時に選んだ自由曲が、この曲だったのです。少なくとも、私が中学に在籍した3年間でこの曲をほかの学年やクラスが歌ったのを聞いたことないので、音楽の先生が、なぜかどっかから突然持って来た曲だと思われる。
先生、GJでした!

ちなみに、この曲を検索しても出て来ない。本当にナゾだ。。。

というわけで、今年も(今年は?)おけいこがんばるゾ!

posted by miha at 22:45| 北海道 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノの思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月04日

珠玉のお話。


本家ブログに書いた話が音楽関係なので、こっちにも併載します。

もうずっとずっと前のことだけど、学校時代に野球部だった人が飲み会でしてた思い出話を、今でも時々記憶から取り出して味わってます。
ちなみにこの人、飲み会当時、ちょっと小太り。
野球部でも、足はかなり遅かったらしい。
そんな彼に、ある試合、監督が盗塁のサインを出した。驚いた彼は、それでも何とか二盗を決める。やれやれと思っていると、なんと、また、盗塁のサイン。
彼曰く、「いいかい、三盗のサインなんていうのはね、あのイチローにだって年に一度出るか出ないかくらいのもんなんだよ」。
ここで、私の心はわしづかまれた。こういう「へぇ〜っ!!」な話は大好きだ。実際のイチローがどうかは別にして、たとえとしてもすばらしい。わかりやすいし、ちょっと感動する。
さておき。
鈍足の彼に出た三盗のサインに誰もが目を疑った。でも、監督の指示なので、と走った。結果、余裕でアウト。スタート切った瞬間から、自分も含め誰もがわかっていた。塁で、いらっしゃいませと待ち構えていた三塁手は笑顔で、タッチする時「ほいさ〜」みたいなことを言ったと。その笑顔とかけ声は彼の脳裏にくっきりと刻み込まれ、今でもその場面を昨日のことのように思い出せるんだそうだ。高校時代の野球の一番鮮明な記憶は、この負けた試合のこの場面なのだと。
試合後に判明したコトの真相は、実は、監督はすごくトイレに行きたいのをガマンしていて、何度も足を組み替えて耐えていたらしい。で、その日はたまたま、足を組み替えるのが盗塁というサインになっていた。(試合ごとにサインを変えるなんて知らなかった!)。ごめんごめん〜と監督は言ったそうな。監督がトイレに行って以降、その日は二度とムチャな盗塁のサインは出なかったらしい。
この小さな逸話で、彼が強調したかったのは、監督がトイレをガマンしていたというオチの部分だったみたいだけど、私のツボは、三盗はイチロー級の俊足にも滅多に出ないサインっていうことと、それに絡んだ彼個人の実感のこもった話。
イチローのところで「へぇっっ!」ってテンション上がって、彼の余裕のアウトが一番の思い出ってところでほとんど心が粟立ってしまう。肌が粟立つみたいに(鳥肌って言いたくないので、悪しからず)。だから、何年経っても、私もその話を記憶から取り出して何度も味わえる。

そして、この前。
なんと貴重なことに、いっしょに写真を撮ってもらったことがある有名指揮者の佐渡裕氏の記事をチラと読んだ。音楽のプロの方々の話も、スポーツ同様、心が粟立つ話の宝庫だ。
まず、「へぇぇ!」ってなったのが、(厳密な言い方は違うかもしれないけど)「「Eフラットメジャー」はクラシックでも神的な調性」って話。クラプトンもこの変ホ長調の曲が多いって。
そういえば、わたくし、↓このような素人ゆえの超横暴な無知なことをほざいていたことがあったのだが、
http://miha27.seesaa.net/article/122490807.html
ていうか、これ↑もおけいこの実感としては今でもその通りなのだが、
実は、正しい音楽界ではこんな神々しいこと(?)になっていようとは!

ここまでが、「へぇぇっ!」の段階。
その次の佐渡裕氏の言葉が、もう昇天ものにグッと来ちゃったのだ。
「「Eフラットメジャー」は、管楽器がよく鳴る調性。一方、弦が鳴りづらい。(←あぁ、ここも「へぇぇっ!」の連続!)
だから、Eフラットメジャーの曲の時は、弦楽器の人が鳴らそうとして一生懸命やるから、ものすごく美しい通奏低音が聞けたりするんだ」って。(←言葉は正確ではありませんが)
プロの人、その道に通じる人だけが知っている真相とか真実とか。そして、ただそれだけじゃなくて、そこにいる人にしかわからない実感のこもった感想なりがついてくる。
この、現場にだけある、現場の人じゃないとわからない隠れた宝物みたいな話。そういうのを聞かせていただくのは、本当にありがたくも幸せなことです。虎児は虎穴の中にこそいるっていうか、事件は会議室じゃなくて現場で起こってるっていうか。。。臨場感とともに一瞬で高い頂きに連れていってもらって、こっそり秘密の宝物を見せてもらう。そんな気分。

ここには、おぴあののダメダメなことばかり書いてるけど、いつか私も、宝物みたいなエピソードを語れるような何か(たぶん、ピアノ以外)を極められたらいいなぁ。。。


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2011年05月19日

押してもダメなら。。。


5月のGWは、ひたすらメンテナンスしてました。なんたって、このところずーーーっと満足におけいこできてなかったので、衰退がひどかった。
うまくは弾けなくても譜は完璧に入っていたショパンエチュードの「革命」とか「別れの曲」とか、とにかく、恐れ多くも恥ずかしげもなく右バーに載せてる曲たちが、全然弾けなくなってるっていうか、譜すらすっかりブッ飛んでて、大変な状態になっておった。

そして、左手が、幼稚園児並みに後退していた。ちゃんと、神経通ってる?みたいな。。。

一応、左だけ、2オクターブのスケールを全キーでやって、それから1曲1曲思い出せるところだけとっかかって、少しずつ取り戻していった次第。
おもしろいもので、まるで記憶喪失の回復みたいに、ある部分を取り戻すと、ちょっとずつではあるけど雪だるま式、芋づる式に思い出していって、最後は、ジグソーパズルの全ピースがハマるわけだ。

私の場合、メンテのコツは、深追いしないこと。となっている。
どうしても思い出せない部分にこだわらない。朝やってダメならその部分はスパッと放置する。そして、夜やってみるとすんなり思い出せたりする。それでもダメでも、翌日には出てくる。
それが、いっぺんに取り戻そうとムリした場合は、ますます思い出せなくなるばかりか、そこをとばせば無問題だったであろう前後の部分まで混乱して、なんだかわからなくなって全体が遠ざかっていく。結果、だいぶたってから楽譜を引っ張り出す事態にまで発展。譜読みのやり直しほどメンドーなものはないので(なぜか、初回の譜読みより、やり直しの方が面倒でモタモタする)、イヤんなっちゃうという図式になる。

男女関係と同じで(同じか?)、押してもダメなら引いてみるといいのでした。

posted by miha at 12:30| 北海道 雨| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月15日

ショパンバラードは苦手。


ずっと以前、音大のピアノ科の人が「ショパンバラードは、どうしてかわからないけど、なんか苦手」って言っていたのを覚えていたのだけど。
そういう音大に行くくらいピアノの腕がある人は、逆に、得意なものとかがあって、それと比べるとその人にとっては弾きにくいっていうことなのかなと思っていたのだけど、あぁ、なんとおこがましいことに、ショパンバラードの1番を今やっていて、このセリフを言ってしまうんだなぁ、このわたくしも。。。いや、なんか、その人の言っていたことが「こういうところのことかな」って思うフシがあって。

なんか、バラードだからってワケじゃないだろうけど、バラバラしてる。。。

音の流れというか、いや、音の流れは破綻してない、つまり、旋律的にはすばらしいのだけど、弾く時、次の音との鍵盤の位置関係(??)が脈絡ないっていうか…言葉で説明するのが難しいけど。ヘタなのを別にしても、弾きにくいと言うか覚えづらい。たぶん、上手い人なら大部分はさらさらと弾けるのに、ところどころどうも神経使うのよねって部分があるって感じじゃないか??

難しくても弾きやすいというか、覚えやすい曲って、音と音のつながり、つまり、物理的にいうと、鍵盤から鍵盤への指運びがしっくり手に馴染むような音の流れになっているって感じがあると思うのだけど、バラード1番はミョーなところが多い。なんか、バタバタと上を下への大騒ぎな感じで疲れる。何オクターブも駆け上がったり降りてきたりという意味じゃないよ(そういう部分もあるけど)。それはむしろ、私なんかがきれいに弾くのは難しいけど、上手い人には弾きやすい部分だと思うし。

説明難しいのでこれくらいにして…
ショパンバラード1番をやってて、意外なことを思った。
やってると、なぜかベートーベンのソナタが弾きたくなる。ソナタとバラードが構成として似てるのかどうか知らないけど、随所にベトソナを思わせる部分があって、未完成のまま眠らせてるいくつかのベトソナを引っ張り出してやりたくなったりするのです。どうせまた、少しやって寝かせると思うけど。

しかし、ベトソナと比べると、このバラードは善戦してる方だと思う。問題は、終盤のところが弾けるようになるんだろうかってことだ。私のレベルでは、指定のテンポでやろうとすると超絶技巧と言ってもいいくらいな感じなのだが。。。いや、だから、きっとやっぱり弾きにくいんだってば、この曲は。。。


posted by miha at 00:36| 北海道 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノおけいこ日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月05日

その時ピアノは。。。


うちのおピアノは何十年も調律してないので、前から音の狂いが気になっていたんだけど、最近とみにガクンとひどくなって、よそ様にお聞かせする(もとい、聞こえてしまう)時にも、ヘタなだけでも腹立たしいだろうに、さらに不快な思いをさせることになっているのではないかと危惧している今日このごろ。
しかし、そんな年季の入りまくったシロモノでも、大事なピアノです。
これが、先の震災のような場合、どうなるんだろうというのを、最近ずっと考えています。

もし、床が抜けるような大惨事になる場合は、一番耐えられないのは、重いピアノが乗っているあたりなんだろうか?そして、そうなったあかつきには、階下の方の被害は、ほかの家具が落ちて来た場合の比じゃないだろうと思います。。。
しかし、今は1階なので、もしかすると、ピアノは多少位置がズレるくらいで済むかもしれない。何しろ重いし、キャスターの下に当て物もしてるので、そうそう動かないのではと思われる。問題は、天井=階上の床が落ちて来た場合。いくら頑丈とはいえ、上から家具やら建材やらナンやら落ちて来たら、キズはもちろんつくだろうけど、さらに、つぶれちゃったりするんだろうか?
それを想像すると、いてもたってもいられない気分になります。おピアノちゃんは、きっと、ぐゎしゃ〜んという悲鳴をあげるでしょう。そして、その音は長い余韻を引きずると思われる。まるで、ダンパーペダルを踏んでる時みたいに。
あぁ、悲しい。

実際、地震の被害にあった地域では、ピアノはどうなっているのだろう。情報求む。

posted by miha at 15:32| 北海道 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | ピアノとかほかの楽器とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

酔鍵。


まだ、沖縄(の食や食材)がこんなにブームになってなかったころ、マニアックな場所の片隅に、シークヮーサーのジュースが売られてました。
それを見てすぐにピンと来たのは、歌手のスピードの誰かが「沖縄の柑橘系でおすすめの…」と言っていたのを覚えていたから。

迷わず買って飲んだら、とてもおいしかった。

確か、人にも勧めたと思う。

そして、先日。
実にいろいろなジャンルの飲み物が並べられていて、好きなのをどれでもあげると言われた時、シークヮーサーの文字を見つけて「あ〜久々にこのジュース飲も〜♪」と、ありがたく持ち帰った。

夕食後にさっそくいただく。ゴクゴクと半分一気に。
思いがけず炭酸が入っていて、ジュースというよりソーダのようだった。
ミョーに、ポ〜となったので、柑橘系は体を冷やすはずなのにおかしいな〜と思った。

次の日、お昼のあとに飲んだ。ゴクゴクと残りの全部一気に。
それから、おピアノおけいこしたら、単純なところでミョーに間違う。普通、何ともないところで何度も間違えたら、自分ながらにイライラするものだけど、あれ?あれ?と思いながら、ミョーに笑えてくる。
しまいに、ダハハ〜とか笑っちゃう。
そういえば体も熱いし、気分もポッポとしている。

この状態は、もしかして…。私は酔っているのではないか!?

私は、お酒は弱くて、ちょっとで酔える経済タイプ。しかも、笑い上戸だ。

ハタと思い立って、捨てたシークヮーサージュース、いや、ソーダの缶を見たらば、ぬぅあんと!
アルコール分5%なんか書いてるじゃあ、ありませんか!!

それから、もつれる指でおけいこして、全然成果なくもウヒャウヒャとゴキゲンで、映画の海の上のピアニストは、確か、酒飲んで超絶技巧駆使してたよなぁ〜なんて思いながら、そんなノリで無事(?)おけいこ終了。

それにしても、どうして、前日気づかなかったんだろう?
っていうか、どうして、口にした途端にお酒だって気づかなかったんだろう??
いや、そもそも、もらう時に、どうしてジュースだって思い込んでいたんだろう???
よく見たら、チューハイと、日本語じゃなくて、アルファベットで書いてある。

まったくもって、油断していた。。。

これが、仕事中じゃなくて、本当によかった!

posted by miha at 22:44| 北海道 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ピアノおけいこ日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月15日

食えない(?)人。


それまでもたまーに紹介したいって話が来ないこともなかったのだけど、去年とおととしはそれまでに比べると多かった。とにかく、なぜか新しい女の人と出会うってことがけっこうあって、それが男性を紹介したいんだけどってことにつながって、しかも、どのケースも、紹介してくれたあとに私とその女性自体との交流がなくなった(今のところ)。まるで、紹介するためだけに知り合ったみたいな形になってます。
まあ、どの人も、私が紹介された男性を断ったことを怒ったので、そのせいで連絡して来なくなったってだけのことだろうけど。
でも、不思議なのは、どうして怒るんだろうってことです。だって、そんなのしょうがないことじゃないか?って思う。紹介っていうのは、最初からその先の展開はお互い様ということで想定しておくというか、お断りもありという暗黙の了解のうちに成り立ってるものと思うのだけど。じゃないと、紹介なんて受けられない。特に最近は、釣書とか写真もなしっていうカジュアルなスタイルもよくあるし。

で、私は、そういうご厚意をいただいて、会いもせずにお断りするなんざは申し訳ないというのと、人は、私にどういう相手が合うと思って紹介するのかっていうことにも興味があったので、一応お会いしてみる。だいたいがうまくいったことなんてないので(というか、そういう場に、いっぺんでわぉ〜と思える人が登場することはないと、経験上思い込んでしまってる節もあるので)、全然期待せずに。

と、なんでここにこんなこと書いてるかっていうと、その比較的紹介が多かった時期に現れた男性のうち、二人までもがクラシックに造詣が深い(?)人だったからで、一人は、それでよかれと私にあてがわれたということだったのです。興味深いことに。

一人は、かつてはピアノで音大を目指していたけど、ロックとジャズに目覚め過ぎて、学校行ってまでクラシックやらされることに耐えられないと思って、受験をやめたという人だった。今も、会社の余興などでは即興バンドを組んでるらしい。
その人と会った時、そんな話などしながら、しかし、私は全然うれしくなかった。本来なら、話が合いそうって思って、ポイント高いはずなのに。自分でも意外だった。

そのことについて、考えてみた。
もしかして私のヘタクソなおけいこをその人が聞く機会があったとして、その時、相手がそれなりの人だと恥ずかしいだろうから?でも、タダで指導してもらえるかもしれないじゃないか?
私には、音楽短大の研究科を出た、元ピアノ講師の女友だちがいる。その友だちには、いろいろ相談したり、教えてもらったり、叱られたり、励まされたりしてきた。友だちの出る発表会もいつも行ってる。そういう心強い人が身近に増えるのはいいことではないのか??
というふうに、その男性に対して思えない理由はわからなかった。そうこうしてるうちに、それとは関係ない理由で、それ以上のおつきあいの継続はしないことにしてもらった。いい人ではあったけど、食指が動かなかった。。。
紹介者の女性は、イヤミっぽいことを言いながら私を責めた。理不尽に思いながらも、お世話していただいた立場上、黙って聞いていた。そのうちパタリと音沙汰がなくなった。「こんないい人を…」ってあれこれ男性の美点を言ってたけど、そんなにおすすめなんだったらご自分がおつきあいすればいいのにって思った。その人だってバツイチのフリーなんだから。

もう一人は、よくあるように学校時代に遊びでバンド組んだりしていて、クラシックはここ10年くらいで突然好きになったという人だった。クラシック好きということで紹介された。でも、なんだかイヤな予感がしていた。知り合いにピアノのステージ演奏をする人なんかもいるらしく、特にピアノ曲が好きって触れ込みだったから、もう一人の人に抱いた複雑な未解決の感情がまた湧くのではっていうのもあって。

結果、これはまったくいただけなかった。
演奏家や曲の名前をいっぱい知っていてものすごく語るんだけど、専門家っぽいことを言おうとして失敗してるというか、ワケわからなくて、それなのに自分の言ってることに自分で酔ってる感じ。お目が高いですね的なことをこっちが言うと、感じたままを言ってるだけですよ、と。もう一人の人とはまったく別種の理由で受け付けなかった。なんか、背筋がゾッとしちゃうのだ。
きっと、もっと別の話をしてもらってた方がよかったと思うのだけど、どんなに話題を変えようとしてもダメだった。私はそこまで知識も経験もないし、ピアノも子供のおけいこ程度なのであなたの見識について行けないと最大限へりくだって、新しい話題を提供してほしいと頼んだ時でさえも、それしか話せないとでもいうようにクラシックから離れなかったので、退散させてもらった。(そして、怒られた)。

また、考えた。
この人はカッコつけ過ぎてヘンだったけど、もし、ちゃんとした感じのいい語り方だったらどうだったんだろう?って。どうせそういうことを話すなら、カッコつけないで、自分の言葉で語る人がいいなぁって思った。けど同時に、自分は、クラシックは好きだけど、必ずしもいつもいつもそれについて語り合っていたいとも思っていないんだというのもわかった。
私にとって音楽とは、それが流れてる時は、空気のように吸い込むとか、食べ物が口に入ったら自動的にかんで飲み込むというのと同じように、自然と身体や心を通っていくもので、額に飾って眺めてウンチクを語り合ったりするものではないのかもしれない。ただ、自分の中を通る時に、おいしい!、あ、この味がいいね、甘過ぎなくていい、控えめの塩味が絶妙、などと、ナマの感覚で感じたことを素直な言葉にして終わり。時々、生産者(作曲家)や料理人(演奏家)のことを言うかもしれないけど、小難しいことは言わない。だって、自分のレベルじゃあ、そんなこと言えないし、言っても失礼だし。

もし、その筋のプロ級の人が、カッコつける目的じゃなくて、心から音楽を愛してて、こちらもますます音楽が好きになるようなお話をしてくれるなら、それは喜んで拝聴したいし、たぶん話してても楽しいだろうと思う。村上春樹や元ピアノ講師の友だちは、きっと、私にとってそういう人なのだなぁとあらためて気づいた。
ついでにいえば、そういう人は、私のヘタクソな演奏でも、いいところを見つけて「上から目線」じゃなく褒めて伸ばしてくれるかもしれない。
でも、私が一番好きなのは、きっと、クラシックにあまり詳しくなくて、ただ私が楽器の音を出せるというだけで無条件に「へぇ」と感心してくれる人かもしれないなぁ。これってなんだか、斎藤佑樹が、誰と対戦したいですかと訊かれて「できるだけ打率の低いバッターと対戦したい」って言ったのを思い出すけど。。。

posted by miha at 19:23| 北海道 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

子守歌。


ラジオから、「ゆりかごのうた」が流れてきた。

ゆりかごのうたを かなりやがうたうよ〜♪っていう、北原白秋先生のアレ。

夏川りみが歌っているらしい。

これ、実は、昔、日本人の精神面におけるウエットな部分は、短調な子守歌(←ねんねんころりよ、おころりよ〜に代表される)のせいではないかと思った私が、ならば、代わりに何を歌えばいいかと考えた時に、個人的な推奨子守歌に認定したものです。

私の知る限り、欧米の子守歌は長調が多い。っていうか、長調のものしか知らないくらい、長調が多い。
(日本のは子守唄と書いてもいいけど、欧米のは子守歌でなければならない、そんな感じ)

子守歌をはじめ、子供のころから明るい音楽ばかり聞いて育ったら、人間はどうなるのか!?
あるいは、そういうことは人間形成に何らかの影響があるのか!?

できれば、実地に実験したかったなぁ。。。

あと、ベートーベンばかり聞いた子と、モーツァルトばかり聞いた子に違いは出るかとか。。。

まあ、ほかの要素も絡んでくるから、厳密に判定はできないだろうけど、そういうの想像すると、ちょっとオモシロそうだなぁ。


ついでに、子守歌、というと思い出すのが、父が慣れないお守りをしてた時のことだ。
私は下の兄弟とかなり年が離れているので、下の兄弟が子守歌を必要とする年頃のころは、すっかり物心ついていた。

で、その時、父が歌っていた子守歌は、初めて聞くものだった。っていうか、アレがはたして、本当に子守歌だったのかどうかすらわからない。
もしかすると、短調の曲なら何でもいいだろ、と思って、全然子守歌じゃないのを歌っていたのかも(そう考えると、ちょっと軍歌っぽい気もしてくる)。

あの、心細げな、自信なさげな、それでいて、とりあえずはこうして揺すってればいいだろ的な感じで、背中を丸めて、赤ん坊の耳に顔を近づけて小声で歌っていた父の後ろ姿。

思い出すととても物悲しい感じがするのは、部屋が薄暗かったせいか、心細げな背中のせいか、はたまた、曲が短調だったせいなのか。。。


posted by miha at 15:48| 北海道 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする